てくてく歩記
 華岡青洲は1760年、和歌山県紀の川市に生まれました。医者の父を持ち、幼少期より怪我の治療に苦しむ人々を身近に育った青洲は、自らも医者となります。23歳の時遊学地であった京都で、昔中国の医者「華陀」(かだ)が麻酔薬を使い手術をした話を耳にし、医学の勉強と共に、麻酔薬を創ることにも懸命に力を注ぎました。
 故郷に戻ると、野山をかけめぐり薬草を集めては研究や調合、動物への実験を何度も繰り返します。その後20年もの長い年月と苦労の末に、何千もの薬草の中から6つの薬草をつきとめ、安定した効果を確認できる麻酔薬を創ることに成功しました。
 しかし実際に手術で使用する為には、人の身体で試さなくてはならないことに悩んでいた青洲を察した母のお継と妻の加恵は、自分の身体を使い実験することを申し出ました。青洲は苦悩しましたが、その献身のおかげでついに麻酔薬「通仙散」(つうせんさん)を完成させました。
 青洲はその後、世界で初めて乳癌摘出の全身麻酔手術を成功させ、住居兼病院・医学校の春林軒には、全国から医者を目指す若者や患者が沢山訪れるようになり、青洲の存命中1,033名もがこの地で学びました。現在の春林軒は、主屋は平成9年に復元修理され、他も資料に基づき復元されたもので、紀の川市の文化財に指定されています。
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